液体のりから造血幹細胞が出来たってどういうこと?

論文紹介

液体のりから造血幹細胞が出来たってどういうこと?

液体のりから造血幹細胞が出来たって聞くけど、一体どういうこと?そんなことを思った方が多いと思います。そんな疑問を解決します。

そもそも、造血幹細胞って何?

造血幹細胞とは、血液や免疫細胞になる細胞のことを言います。体外で培養した造血幹細胞(Multipotent self-renewing haematopoietic stem cells HSCs)はヒトの体に移植すると、血液や免疫細胞を再生します。そのため、免疫不全や、白血病などの疾患の治療法と言われています。
これまで、体外で造血幹細胞は培養されてきましたが、未分化の状態での長期間の培養は困難でした。※血液や免疫細胞に勝手に分化してしまうと、幹細胞(無限に増殖する)としての機能がなくなってしまう。

原因はアルブミン

細胞の培養にはHSA(ヒト由来)やBSA(ウシ由来)といった組換えアルブミンが利用されます。アルブミンは血清中に60%含まれているタンパク質です。アルブミンを精製する際、どうしても混入物が付着してしまいます。この混入物が、造血幹細胞の分化を誘導してしまうため、長期間の培養が困難と言われました。

PVAで代替

そこで、アルブミンに代わる化学物質として白羽の矢がたったのが液体のりの成分であるPVA(ポリビニルアルコール)でした。アルブミンの運搬体(carrer-molecules)としての機能をPVAで代替すると、未分化状態での細胞培養に成功しました。

図は増加した細胞数を表しています。PVAを利用して培養すると、HSA(ヒト由来アルブミン)同等近く細胞が増えていることが分かります。


また、長期にわたって未分化の状態を維持していることが分かります。
時間が経つにつれて、HSAの造血幹細胞の未分化状態は減少していますが、PVAでは未分化状態を維持していることが分かります。

造血幹細胞の1カ月以上の長期培養に成功

造血幹細胞の数が未分化状態で約2カ月後に54~204倍に増加しました。

造血幹細胞を未分化状態で体外で1カ月以上培養したことは世界初の偉業でした。

PVAにより、混入物が入らなかったことに加え、PVAが化学物質だったために酸化しなかったことも成功の要因です。
アルブミンなどのタンパク質は時間が経つと酸化し、細胞に老化因子が発生します。しかし、PVAでは老化因子がほとんど見られませんでした。

PVAを利用して、1つの造血幹細胞を28日間培養すると5×〖10〗^5個に増えました。増えた造血幹細胞を、放射線で骨髄を破壊したマウスに移植しました。

すると、すべてのマウスでB細胞、T細胞、マクロファージなどが認められました。このことからすべてのマウスにおいて、培養した造血幹細胞による骨髄の再構築が確認されたことが分かります。

先天的に免疫不全のマウスの治療に成功

先天的に免疫不全なマウス(B細胞やT細胞を持たない)に、培養した造血幹細胞を移植しました。

4週間後、免疫不全マウスに免疫系の細胞が確認され、免疫不全が治りました。

まとめ

この論文は元々、長期で造血幹細胞を培養することを目標として始まりました。実際に2カ月近く未分化状態での培養に成功し、免疫不全を治療することにも成功しています。
そして副次的な結果として、安価での培養にも成功しました。アルブミンは高価で、1gで約4500円もします。何度もアルブミンを加えないといけないため、治療にはお金がかかると言われていました。そんな中、PVAは250gで約4000円と値段を250分の1以上も安く済ませることが出来ました。血液産生や、白血病治療の成功率を上げ、かつ安価に行う可能性を提示したことが大きな発見だったと言えるでしょう。

参考論文

論文タイトル;Long-term ex vivo hematopoietic stem cell expansion allows nonconditioned transplantation
著者;Biochem. Biophys. Res. Commun.
雑誌名;Nature (2019)